子供とエネルギー

インナーチャイルド

昨晩は、大人気もなく娘と喧嘩してしまった。

娘は全く悪くないのだが、結局のところは、娘が無意識にしたある行動に、私の中にある”愛されたい”というインナーチャイルドの叫びが爆発した感じ。娘はママのご機嫌をとるべく必死。傷つきながらも、鼻歌を歌ってみたりして自分を何とか保とうとしていた。

子供はけなげです。。。 見捨てられたら生きていかれないから、親の様子をチラチラみながら、火に油を注ぐようなことにならないよう、慎重に近づいてくる。距離の取り方に気をつけている。

そんないじらしい娘を見ても、私はどうしても歩み寄ることができませんでした。

とりあえず、矛先は娘ではないので、矛先に向けて不満を言葉で出していく。相手に怒りを投げるというより、自分の中で自分がいつ、どのように傷ついたのかを確認していく。ごまかさない。我慢してきたことを吐き出す。正当性を主張する。

どうしてその時に相手に言えなかったのか。

全ては、私の中にある恐れの感情から言えなかったことだ。言ったら、本当の気持ちを言ったら、色んなものを失うと思ったからだ。失うのであれば、我慢しよう、と思ったからだ。

我慢したことは、果たして間違っていたのか?

こういうときに、職業病のように、”その判断はスピリチャルな観点から正しかったのか?間違っていたのか?”と考えてしまう。

“理論でいったら、人にヒーラーとして尊敬してもらうには、多分こういう考えの方が正しくて、ああいう考え方をしてる方が偉くて。。。”と分析が始まるのである。

思考が働く。

ハルピーにはお休みも言わずにさっさかと布団に入った。それが娘を傷つけることだと分かりながらも。

案の定自分の部屋で寝たフリしていた娘が降りてくる。

“なんか、急に怖くなったから降りてきたの”と。私の腕にピッタリくっつきながら無言で寝る。

あー、あー、大人気ないな、と思いながら私も目を瞑る。嫌な映像とかみながら寝ることになるんだろう、と思いながら。

この子に説明してもわからないこと。いや、彼女はわかるだろう。地球に降りてくる前に、神様から聞かされた自分の役目を覚えている子だし。高いスピリチュアリティーと、6歳という若い肉体のアンバランスさを経験している。頭ではわかっても、心ではわからない。

いや、私たち大人だって同じだ。おかしい、変だよ、素直じゃない、正直じゃない、と思いながらも、周りに押し付けられた価値観に飲み込まれていく。その価値観を受け入れているのは自分に他ならないのに、その枠から抜け出そうとしない。できない。勇気がない。結局、周りの目や、”本気で生きる”決意をした時に避けられない変化と不明瞭な未来が怖いのだ。

私のハイヤーセルフはかなり厳しいタイプだ。これでもか、これでもか、と自分なりに勇気を出して色んなことをしてきたが、まだまだ上がある、まだまだやりきれていない、と課題を出してくる。

こんな小さな、優しくいじらしい娘にも優しくできない自分。落第点をもらった気分だったが、合格点が欲しいとも思わない。思えない。それくらい傷ついているのだ。

さて、目を閉じ、娘の温もりを感じていると、暗い映像とは真反対の、夏の若葉から射す木漏れ日の映像が眩しい。薄い黄色い光。晴れやか。スッキリとしている。次第に自分の身体が浮きだす。身体から安心して離れ出す。

“何も間違ってないよ。それでいい。貴方は更に高いところにいくでしょう。”

私がもらったのは、意外にも、合格点なのだ。娘を傷つけたかもしれないが、それでも自分の気持ちに素直に行動したからだ。

この日までに、確かに娘とは絆を作ってきた。疑いのない愛を確認してきたから。こんなことで何も崩れない。

6歳のママに甘える日だったようですf^_^;)

今晩はキャラ弁作って、あとは可能な範囲で真相を手紙にしてみよう。

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