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無条件の愛の域へ  母編

昨晩実家の母と電話。「昨日、何となくお仏壇をキレイにしたくなって、掃除したんだけど、喘息の症状が悪化してて、、、」と母。「昨日はスクールで運気アップのためのご先祖供養とか、家の浄化とかのワークショップやってたんだよ。なーんだ、お母さんも遠隔で参加してたんだね〜」と。

ワークショップでもお話ししたとおり、私は父親に対する違和感というか受け入れられないという拒絶感や、家族が父から味わった失望感、「裏切られた」という感覚のおかげで、スピリチュアルなことと真剣に向き合うことになりました。「何でこの家に生まれたんだろう?受け入れ難い」とう考えが昔から強かったですし、何年もかけて、父親との間にあるカルマを浄化してきました。

その過程で、無理に「許そう」とすることを辞める必要性を学びました。何でもかんでも人を許せばいいのではなくて、自分の中にある疑問や違和感を大切にすること、消化すること、そして諦めずにワークを続けること、仕事も遊びも人付き合いもワクワクすることだけをすることで自然と自分が何者であるのかがわかるようになりました。

親に愛されたいという基本的な欲求を、大人になってからは自分で自分を愛することで満たすことができます。

自分を浄化する過程で、父よりも母と衝突することも出ました。母親が周りから埋め込まれた当時の社会の価値観やプライドが、父親を傷つけていたのではないか、ということにも気づきました。母は、生い立ちや、学歴や職歴に劣等感のある父親の気持ちを汲み取れなかったのかな。それは、父のプライドを傷つけたし、自信喪失に繋がったと思います。

男性にとって、職歴や学歴やお給料は繊細なテーマなんだろうなぁ と、段々と理解できるようになりました。そして、何よりも実母にあまり愛されていなかったという事実を、父は受け入れられない。だから、いつも「俺は可愛がられた」とわざわざ言葉にしていました。父のインナーチャイルドの叫びに気付くまで、私には年月が必要でした。

父の実母である祖母は、好きな人と結婚できずに無理やり後妻として結婚させられ、先妻さんの子供を育てた。残念ながらその子供達は亡くなりました。先妻さんも、そのお子さんも、存在を忘れられていました。祖母も苦しかっただろうな。弱音は一切吐きませんでしたが。

8年くらい前に、亡くなったその子供達がアクセスしてきて、そこから、「ご供養してあげないといけないんだな」とわかり、苦手な父方の家系の子孫であるという事実を受け入れることにしました。それは、変えられない事実ですから。何度か供養の儀式をしてあげてから、父の身体や精神が改善されました。そして、父や父の家系のことをあんなに悪く言っていた母親が穏やかになりました。

「お母さん、むかしはお父さんのこと馬鹿にするようなこと発言してたよ。あんなこと、こんなこと」と電話で伝えたら、「えー!!わ、わたしが?イヤだ!覚えてない!何てイヤなこと言ってたのかしら。ひどーい!」と母 W(`0`)W 自分で言ったことも忘れるくらい、母の価値観や人格も変わりました。

「世の中にも、人にも、良いとか悪いとかないのにね〜」って悟りの域に入ってる母でした。そして、「お仏壇の中から、何か儀式の道具が出てきたんだけど、これ恵ちゃん作ったもの?」と。今度は母がやってくれるそうです♡ 女として、人間として、無条件の愛の域にひたすら突き進む母です。あの喘息は、きっと浄化の咳ですねー

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