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孤独は美しい

こんな映画の宣伝見かけました。
http://sekakin.com/info/?page_id=8
「走馬灯のように」という言葉がありますが、私も馬に乗っていた男性だった過去世の自分の映像をダーッとみることがあります。いつかは今生でも障害を飛べるようになりたいと練習はしています ^_^

馬と向き合うと、自分の本性や未熟さが浮き彫りになる。乗馬は優雅なイメージあると思いますが、乗りこなすまで怖い。馬上では、結構極限のところまで追い込まれる感じで精神的に辛いことがあります。障害飛ぶ人たちって私には想像できない状態の中を時に命がけで飛んでるんですよね。そして、馬はとても敏感な動物なので、乗り手のことをよく読み取ります。

自分のことだけでなく、他人の過去生の馬との関わりの映像もみることがあります。

瞑想していたら、ふと、ある方の映像が見えました。今生でお会いしたことのある素敵な男性です。その方が、モロッコだと思うんですが、北アフリカの乾燥地帯の、イスラム文化圏のようなところで、小型の馬に乗って、夕陽の中をとぼとぼと歩いていました。

人気のない街。暑いからなのか、誰も表にいない。そして、彼はこの街の誰を訪ねるわけでもない。ただ、いつものように、馬と移動する。家族はいなくて。生涯1人で、馬を友達として、ただ生き抜けた人生。

馬上の顔は無表情。特に頭の中では何も考えていない。生命の危機を覚えているわけでもない。明日の食べ物のことも特に心配していない。街から街をただ転々として、必要なら何かの仕事をしてお金を稼いで、また移動。

家族を持たず。友達も持たず。人生の目的も持たず。

人と関わることも殆どないから、会話をすることもない。それを寂しいとも思っていない。恐らく、人間らしい感情というものは殆ど持たない人生。

私の目の前を、そんな馬と過ごす彼の過去の動画が流れていく。似たような、孤独な人生をこの方は色んな時代に色んな場所で過ごしてきた。

何でこんなのが見えるのかな?って考えるんですけど、よくわからない。

だけど、見ているうちに自分のこと頭が勝手に前に揺れて頷くんですね。そして、涙が流れるんですね。「あー、わかる。わかる。」って言葉も出てくる。自分のハイヤーセルフに言われました、「美しいと思わないかい?孤高の姿を見て美しいと思うだろう?君は、この映像の中の人物の、淡々とした生き方に感じるものはないかい?」と。大きな役目を果たすとか、高い目標を掲げてそれに向かって突き進むとか、わかりやすい感動的な人生じゃないんだけど、1人でいること、家族がいないことを悲しいとか思わず、毎日を淡々と生きる強さも魅力です。

そういえば、その方のオーラを初めて拝見した時に、大切なことを話してくれたのを思い出しました。「私は、大切な友達を何人か失くした。どうして彼らは僕をおいて早く死んでしまったのだろう。」と。それと、「僕はすぐに怒る。気づくと感情的になっていて、それがやめられない。何故だかわかりますか?」と。

まだ、この方のスピリチュアルな理解がそれほど高くなかったので、難しいことを話してもピンと来ないから、わかりやすいところだけお伝えしました。が、今お会いしたら、これらの映像も伝えて、きっともう少し深くお伝えできるのだろうと思います。

孤独に慣れていた過去。何が起きても動じないで対応した経験が多い。1人で何かをやることにこの方は実は長けている。会社員よりも、起業した方が成功するタイプ。起業したら、世界的に活躍する方。人を導くリーダーにも向いている。

今生は、集団の中で普段はワイワイとやったりしているらしいのですが、本当はその場所や仲間はそれほどこの方にとって重要ではないことに気づいていない。

腐れ縁なんですね。言葉はキツイと思いますが、手放して見たら実はお互いにスッキリする関係。

長い間自分が属している社会集団から離れること、家族から離れることに潜在的に恐れを持っている。過去で沢山体験した「孤独」への恐れ。今の集団の中でリーダーであったり、家族の面倒を見たりすることで愛されたい。元来の優しい気質に加えた愛して欲しい、愛される人でありたいという想いが、ある意味、無駄な時間を過ごさせることになっていて、実はこの方の本当の幸せからご本人を遠ざけている。

ストレスからの体調不良、思考力の低下などから、ご本人は薄々それには気づいているんだけど、カタチを壊す勇気が出ない。せっかく手に入れた集団の中の自分、愛され、求められる自分を1度手放すことだから。手放すと、何かをすべて失うような気になるかもしれない。1度カタチは壊れます。でも、必要なモノはかたちを変えて手元に残るし、新しいいい風が吹いてくる。手放したことを後悔しないで誇れる未来が待ってます。

肉体的、精神的に崩壊する前にこの方には思い出して欲しいです。孤独だったときの、何も失うものはない環境を。あの時の強さを。あの時のあなたは1人だったけど、逞しくて凜としていました。

人間は極限まで追い込められないと、執着を捨てられない生き物なのかもしれない。知的な、感情豊かな生物。

馬に乗るときはある意味無心にならないと。恐怖も全部捨てて、肉体に集中。落ちて首の骨折って死ぬかも⁉︎くらいのところにいくと、生きることにいい意味で執着が出る。余分なもの(私は特に脂肪ね〜)捨てられる。

この映画の予告編観ていて、一昨年スペインでみた闘牛も思い出しました。あの時は、マタドーレだった自分の過去が走馬灯ならぬ走牛灯のように流れました。そして、自分がこんなにも勇敢な人間だったのか、と感動しました。

誰にでも、今の自分に勇気を与えてくれる過去がありますよ。

この映画、絶対観よう!関西の方で先に公開らしいです。

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