この日は朝からアカシックレコードの情報が鮮明さを増しているのがわかりました。
クレンジングの効果もあるとは思います。断捨離のスピードが速くなってるからかな。人生の中での選択、決意、手放し、受け入れ、許し、など、沢山のことが起こりますね。まあ、クレンジングが先なのか、精神面での準備が先なのかわかりません。今までの人生経験では、だいたいこういう時には2つ以上のことを同時にやり始め、シンクロしている。
手放したら入ってくる
それを信じられるまで、人は葛藤と戦うのだと思います。
私の中にもまだ葛藤はあるけど、葛藤を手放すことに執着するのもやめてます。でないと、今を楽しめないから。いつまでも、できてない自分を責めるから。
ヒーリングやリーディングの力を上げるために、まず私たちは葛藤や怒りや悲しみなどの感情、過去の記憶を消去していきます。この消去とは、受け入れることにも似ています。PARAMITAのスクールでもやってますよね。
コレを、アレを手放したら新しいモノが入ってきますよ
上記フレーズは、沢山のスピリチュアル本に書いてあるし、スピリチュアルなテレビ番組でも頻繁に聞かれる。そして、私たちヒーラーがお客様にも使う言葉です。なぜなら、相手の方のオーラやハイヤーセルフがそういう映像を見せてくるから。
でも、それが相当難解なことは、私も知ってます (^_^;) お客様にお伝えしながらも、ふと我を見返ると、偉そうに話している自分が恥ずかしくなったりもする。でも、お話ししたことに罪悪感や劣等感はないです。見えたものをそのまま伝えてきました。こうやって、自分自身も常にリーディング、ヒーリングし、試しているんです、私たちは。自分の位置確認。
いつからか、私は手放すことができるようになりました。宇宙だか、神だか、自分自身にか、委ねることができるようになりました。思考の強い脳みそを持った、自由と開放感を好む魂という組み合わせのこの自分。ギャップに翻弄されてきましたが、自分の魂の性質に素直に生きることにしたからです。何しろ、もう身体と精神が崩壊寸前まで行きましたから。プライドも名誉も全部捨てることにしました。そんなもの、私には要らない。そういうものを前に掲げながら生きていく世界にも足を突っ込んでましたが、それは、自分には合わないんだ、と確認するために居たようなものでした ヽ(´o`; そしてまた、やろうと思えば、私はそういう世界でもやっていかれる、世間でいうエリート街道でも生きていかれる才能があることもわかりました。ただ、それを今生は選択しないだけ。もう、過去で十分味わいましたから 笑
確信
ですよね。
皆んなが欲しいのはコレ。
私はコレを手放しても大丈夫、幸せになる。
という確信。それが、銀行の振込証明だったり、お給料アップだったり、素敵なパートナー出現など目に見えるもので現れてくれると、良し手放してもいいや!と思える。だって、先にモノが手に入ったから安心するでしょ?
でもね、違うの。それを待ってると、やっぱり本当の確信はこないんだな!本当の確信とは、自分という存在ひとつで完結できるという確信。自分への揺らぎない信頼。自主独立した存在であること。
彼、彼女、家族、子供、お金、社会的地位、財産、なども大切だけど、
OOOがあるから私は大丈夫
ではなく、
私は私であるから大丈夫
という感覚。
私も昨年は沢山のモノを手放しましたが、なかなか手放せないものもありました。そして、私のハイヤーセルフは厳しい。肝心なところになるとゴニョゴニョとごまかしてくる。そ、そこを、そこの将来を知りたいんですけど!そこさえ知れれば手放せるんですけど!という部分はなかなか教えてくれない 囧rz あう〜やっぱり。そこは、スピリットの成長にために自分で乗り越える所なんです。
薄々は、手放しても大丈夫だと思えるところまでは自分を浄化したんですけど、まだ先があり。。。。現実と照らし合わせてしまい。やはり、そんなこと実現しないでしょ、と疑いの念が出てしまう⇦これが思考
でも、落ち込んで、絶望チックなところまで落ちると、キラキラ☆とした、でもベールでモザイク入れたような幸せ映像を0.1秒だけ見せてくる (=゚ω゚)ノ 沈黙の中に出てくる映像。時が止まった映像。それで希望を持ち、また歩き出す。まだ生きてていいんだ、みたいな。
そんなことの繰り返しが、頻繁にあるわけです。まあ、精神的にタフでないと鬱病になりますわ〜 自分がこれでも深刻な鬱病にならないことに段々と拍手をしたくなるわけです。鬱病と診断された方にもお伝えしたいのは、鬱病は気の病であり、物理的な怪我ではないということ。気の持ちようで克服できます。光と確信が持てたら変われます。薬は必要ならなくなります。
明晰性に欠けたとしても、アカシックレコードなり、オーラ、神様、天使を見ることができたり、ハイヤーセルフと交信できるようになると、見える画像やメッセージの理解が少しずつ深まりますね。そして、どうやら思考では理解できないところで展開するものがあるんだとわかりますね。
私は、自分で見たある映像が、今の強さ、このクレンジングの時期にさらなる断捨離に繋がってると思います。手放しても大丈夫、と。
映像の中で、私は海の中でもがいていました。自分のネガティヴ思考が、世の中の負の存在を呼んでいて、その存在達が、私が大切にしているものを人質のようにチラつかせる。人質が気になって、置いて行きたくなくて、私は抵抗している。でも、相手の力が強すぎて、手が解けない。
そのとき、ふと、自分が脱皮してる映像になりました。肌が一枚破れる。私の抜け殻だけをその存在達は持っていくのです。脱皮した私自身は、どんどんと上昇し、海面近くまで上がります。水の上は明るく輝く世界です。もう一息。と、そこでまた人質が海の底でもがいて、泣いている。置いていかないで、と。また気になって海面に上がれない自分がいる。上がったら、失うのではないかという恐怖。
でも、勇気をもって上がってみたら、人質だったものが、今よりも輝いて強くなって私を待ってくれていました。先回り?信じられない?と唖然とする私。
確信しました、上がってよい、と。1度手放せ。その勇気を試されているだけだ、と。
確信は自分でするもの。誰かに教えてもらうものではないんです。
ということで、突っ走ります。
取り留めもなく書いてきましたが、名古屋にそろそろ到着。これが、最後の名古屋クラスになるような予感を感じつつ。