つれづれなるままに。。。

戦争をとめるには

不穏なニュースが飛び交っていますね。何年も前から言われている方向にどんどん進んでいます。

今月から更に物価は高くなり、株価や金の価格が落ちていく。倒産企業が出てくることは間違いない動きだと思います。

これから数年は、本当に正念場かもしれません。

でも、やっぱり人類は良い方向に進むと私は思っています。

サイバー攻撃とか、AIによる戦争とか、世も末って感じなんだけど、ポイントになるのが電気だと思います💡

北極圏中心の地図を見ると、世界は実は繋がってるのがよく分かります。普段目にするメルカトル図法と受ける印象が全然違いますよね。

以前、あるところで聞いたんですけど、世界はひとつの送電線で繋がってるとか。厳密には一つじゃないんだけど、とにかく、送電線で繋がってる。

停電になってしまえば、世界は止まる。ドローンだとかもあるけど、永遠には飛べないし、司令塔との連絡も長くは続かないのではないでしょうか。

世界のあらゆる流れを一度止めないと、悪の巣窟の掃除は終わらないと思うんですよね。もちろん、個人の行動まで止められないから掃除し切れないものだとは思いますが、少なくとも、金融システムは止まるし、兵器の使用も止まるのではないでしょうか。

3日くらいの停電は来るかもしれないし、もしも来たら、ポジティブに捉えていこう、と個人的には思ってます。

つれづれなるままに。。。

誰もが持ってる意外な宝物

普段は、「これさえなければ 気持ちが晴れるのに」「これが解決すればあとはうまく行くのに」「何で私がこんなことで足止めを喰らうんだ」と捉えがちな、アレです。

私の透視リーディングの個人セッションをとってくださる方は、皆んなこの「宝物」を持っています。

なくしてしまいたい「宝物」。

それは、ズバリ 悩み です。

基本的には、透視なり、ヒーリングに求めるのは「悩みの解決」だと思います。悩みをヒーラー に伝えて、それをどうしたら解決できるのか、と聞いてきます。オーラ、アカシックレコード、過去生、未来、人間関係、健康、など様々なところから映像やメッセージをとってきます。

だから、私のようなリーダー (reader)やヒーラー は、答えをくれる人だと勘違いする方もたまにいます。そうではなくて、お客様が決断するのを手助けする、という感じなのです。

悩みは早く解決したいモノです。私もそうです。そして、エネルギーワークを何年もしてきて、ヒーラー としてお客様のセッションをすることで、普通の人の倍速でいろんな手放しや浄化を起こしています。

でも、悩みって、悪いモノじゃないです。悩むって、あなたが真剣に生きてる証(あかし)じゃないですか?あなたが自分を大切にしてる証拠では?

悩みの中から、自分の心の声が聞こえてきます。忘れていた記憶が蘇ります。長年蓋をしていた感情がわーっと遠慮なく流れ出してくることがあります。

時に、解決するのが目的ではなく、あなたの感情を掘り起こすために悩みが「出現」することもあります。宇宙が、高次のあなたが、あなたに悩みをプレゼントしてくるんですよ。

悩む姿、そして、それを乗り越える姿は美しいです。自分を取り戻す姿なんです。

変化していく美しいエネルギーをビジョンで見られることは、ありがたいことです。目の前の方、スクリーンの向こうの方の魂が震える瞬間を何度も見てきていますが(ご本人にはその自覚がないこともあります)、それを見させていただいて、我々ヒーラー 自身が勇気をもらうんです。

悩んで、悩んで、悩み抜いて、人は何らかの決断をします。その手助けになれれば幸いです。来月21日の、Atlantis East の田中さんとのコラボイベント、楽しみにしています🌟 田中さんのストーンリンクリーディングとの組み合わせのイベントです。サロンでのセミプライベート空間で落ち着いて受けていただけます。田中さんのブレスをお持ちでない方は、ぜひ1本お持ちいただきたいです。

リピート率の高いコラボです☺️

そして、我々のようなリーディングをお仕事のひとつにできたら、と思う方は、ぜひ12月からのPARAMITAの透視コースにご参加くださいね。技術として持っておくと自分のためだけじゃなくて、周りの人も助けられます。卒業生の中には、副業としてやっている方や、自分で起業する時に他のサービスと組み合わせる方もいます。

私は昔から広告宣伝を打って人を集めようとしていません。本当に変わりたい、変わる覚悟がある、透視する覚悟がある、という方に集まっていただくものだからです。

コースを無理に開講する必要も私にはありません。やらないといけないからやるんじゃなくて、そろそろまたやった方がいいよ、という後押しを感じたから企画してみる。そういうことなんです。開いたら楽しそうだな、という想いなのかもしれません。

ご縁を大切にしたいと思います。

そして、1人でも多くの本物の透視をやる人が増えたら、世の中はもっと良くなると信じてます。

つれづれなるままに。。。, オラクル 神託

月光浴🌕

自然や、地球が、風と虫にメッセージを乗せて、何かを警告してきた昨晩。

スピリチュアルの知り合いに連絡してみたところ、彼女も何かを感じていたらしく。彼女の住む日本のあるエリアに祈りを捧げないといけない気がしてたんですよね。表でことが起きない可能性もあるけど、今この瞬間も、おそらく、静かに祈りを捧げている日本人の想いが止めているのかもしれない。

自然の中に行けー!と肌が感じたので、もうとっくに日も暮れてたんだけど、畑まで行ってきました。水やりもしたかったし。

一枚目、ブレちゃったんだけど、月と公園の電灯がいい感じなので載せちゃう。

こちらの月明かりは撮れました^_^

虫の鳴き声と風と足元の土を感じる。丘の上なので、人もいなくて。霊的な感覚がふわーって湧き起こりますよね、こういうとき。昼間の喧騒や、ちっぽけな悩みはどこかに消え去ります。

祈りの夜でした。

つれづれなるままに。。。, セッション体験☆報告談

ディスクロージャーデイ ③私たちが視た宇宙船

何年か前の透視コースの卒業生に、その時の同期生が同じような映像を見ました。私もほぼ同じものを見ました。

普段は特別支援級で教えている、しっかりした、大らかな生徒さんで、いつもクラスの盛り上げ役でした。今でも、変わらず優しいオーラの方です。

そんなTさんが、「小さい時のある時点の記憶がスッポリ抜けてるから、何かあったんだと思う。トラウマ的なものというか、何だか怖くて思い出せないんですよ」と。その時、私がどんな内容の透視をしたのかは覚えてないんですが(トラウマを見たのか、単にオーラの中にある恐怖の記憶を見たのか、それとも他の方法だったのか、、、)、夜、宇宙船が彼女の家の窓に近づくのを見ました。スーッと音もなく現れるんです。その後も映像は続くんですが。

どうやら、彼女の同期生も、似たような映像を見たようです。その後、卒業生が参加して透視の練習をした時も、同じようなものを見ていました。

それでも、Tさんご自身は全く記憶が戻らなかったんですよね。

トラウマ的な体験を全て思い出す必要はないので、無理に蓋は開けません。

と、そんなこともありましたとさ。

つれづれなるままに。。。

映画 ディスクロージャー デイ②私が見た宇宙人

宇宙人ときいて、ビビッと来ましたか?すっごくワクワクするか、ビクビクする投稿をご期待されてたらすみません。そんな、大したことじゃなかったんです。でもね、今でも忘れられないくらいビビッドな記憶なんです←ちょっとオヤジギャグ入れてみた(笑)

あれは、もう20年以上前のことです。田園都市線に乗っていたんです。夕方でした。3人掛けのシートありますよね。私の真向かいに、「これぞ白人!」というタイプの男性が座っていました。年齢は20代。

肌が白く、明るい金髪、濃い青い目。うわー、ザ 白人だ、と思って見入ってしまいました。

北欧の人みたいな感じなんです。でも、何かが違うんですよね。何が違うんだろう。。。。多分、見た目で言えば瞳です。あれだけの青い目は北欧でも見たことないです。光ってるというか。青い色が光ってる。残念ながらビームとかは出してませんでしたけど、こちらが吸い込まれる瞳なんです。

この人は人間じゃない、と段々と理解しました。瞳だけが特殊なだけで、あとは見た目は普通です。背が高いのは確かに高かったけど、北欧にはいますから。

それより、その人が、人間じゃないのに人間のフリをしている感じが印象的だったんです。周りをキョロキョロとニコニコしながら見回していました。荷物はもっていませんでした。頭がいがぐり頭で、なんか、それはあり得るヘアスタイルなんだけど、「この人に似合わないな」と思わせる何かがありました。

多分、人間のふりをして、地球に旅行に来ていたんだと思います。害はなさそうでしたよ。アニメファンの外国人が初めて日本に来て、「うわー、ジャパンだーっ!」って空港でニコニコしてる、あの感じでした^^

ちなみに、宇宙人にはいろんなタイプがいるそうですが、私が見たのはノルディック(←文字通り北欧系)だったのでしょう。

今月17.18日の癒しフェスティバルで、私のブースに宇宙人来てくれないかなぁ (結構一般の人に混じってますよ、宇宙人さんたち)。お待ちしてます♪

nordic aliens に対する画像結果
つれづれなるままに。。。, 神様

映画 ディスクロージャー デイ① 人類が本当に恐れているのは、、、

少しネタバレありますのでご注意⚠️

ディスクロージャー デー、知人と観てきました。まあ、予想通りな感じ、というか。何年も世界の裏を追ってる人たち、スピリチュアルなことをしている人たちにはそこまで大きな発見はないかもしれないですが、いまこの映画が制作公開されたことは大きいですね。意味のある作品です。

映画後に食べたこのモンブランアイス、めちゃくちゃ美味しかった!

私ごとになりますが、大学時代に1番お世話になった先生が、アフガニスタン人の先生だったんです。元国王に仕えている方でした。風の噂で、上智で教えられたあと、アメリカの大学に移動されたとか。丁度私がアメリカ勤務していた時に、同じワシントンDCの近くにお住まいだったようで。

先生は、ペルシャ語やイスラムのことを誇りに思っていらっしゃいました。その他、大学時代には色んな国籍の先生にお世話になり、日本という枠を越えた考え方や価値観が基本となったのは、やっぱりあの5年間だったな、とつくづく思うんです。自分の異文化、異宗教に対する垣根はかなり低い設定だと思います。色んな人がいるから世界は楽しい😀

でも、スウェーデン留学時代から、「あれ、なんか、おかしいな」という漠然とした違和感を世界に感じるようになりました。ここで、あんまり深くは語るまい。

と言いつつ、これは言わないとこの投稿の意味がない🤭 今の表の世界は、バイブル、すなわち聖書で回ってきたんです。福音書とか、創世記とか。つまり、聖書というシナリオに沿って動かされてきました。終末論ですね。イスラエルとイランの戦争も。これからの動きも。「あー、世紀末だー」って恐れる人々もいれば、「ここで諸悪が罰せられ、我々の宗教を信じる者だけが救われるんだー」とか、まあ、色々な信者さんがいることでしょう。

心配いらないと思いますよ。私が透視で見る未来は明るいです。ずっと、何年も前から。目の前のカオスは、シナリオ通りに行っているように見せるために必要な劇の部分もあります。ただし、悪人、悪なるシステム(金融を含め)はまだ表では生きてますから、犯罪はなくなりません。毎日の生活では今後も苦しいことはあるでしょう。でも、でも、今は耐えて、周りと協力し、自分の得意なことで世の中に貢献するしかないのです。私もそんな思いで色んな仕事をしています。

さて、旧約聖書は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、と世界3大宗教で読まれています。それぞれの宗教の考え方の土台になっている。

日本にもキリスト教は大昔から入っていますが、この島ではそれが形を変えて、色んな土着の信仰や海外から取り入れた信仰と融合させた形で取り込まれていったので、あんまりキリスト教というのは広がってないんです。ただし、キリスト教的な考え方は、日本人の基本的な考え方にも影響を与えたと思います。

古事記にも創世記と似たところがあります。世界の色んな国で同じような話が語り継がれているのは、大昔に、人が大移動をして、創世記的な考え方を広めていたということなんでしょう。

この島では、「いい感じ」に、他者と対立を起こさない形で取り込まれた感じです。いいところを取り込むんですよ。矛盾するような概念も、何となく共存できちゃうんですよ、日本では。

詰まるところ、人として正しく生きることが大切なんだ。お天道様に恥じない生き方をしないと。という姿勢が染み込んでるので、特定の宗教や神を信仰する必要がないんですよね。

意外と思われるかもしれませんが、私が仕事やプライベートでお付き合いする熱心なイスラム教徒の方々も、似た考えを持つ人がいるんですよ👀 誰も彼が狂ったようにアッラーだけを信じるって感じじゃない。コーランなどの聖典をどう解釈するかによるんだと思います。

で、映画なんですが(⬅️ようやく😌)個人的には、今回の映画の制作者たちは、どちらかというと、上に挙げた宗教の人たちに、心の準備というよりも思考の準備をさせたいんだと思いました。宇宙、人間、地球外生命体のことが開示されていくと、どこかで、今信じている宗教や聖典の解釈や神の概念が崩されるからです。

主人公の男性の彼女が、お世話になった修道院のシスターに電話するんですよね。人間以外の存在がいるなんてことが知られたら、人類はパニックになるし、何より創世記にはそう書かれていない、とシスターに言うんですよ。創世記に人間以外の生命体のことは書かれていないから、そんなことありえるのか?キリスト教の教えの根本が疑われるじゃないか、と。

でも、シスターは、2度返事するんですよ、何も間違ってない、と。人間以外の生命体がいてもおかしくなくて、それは教えに反しない、と。

“On Earth… Genesis says that we are God’s supreme creation on Earth.” 

地球では、創世記によると、我々が神の最高の創造物です。。。地球「では」

と。

聖典の言葉に間違いはなかった。単に地球では、ということで、宇宙の他の星のことなどは書かれていない。私も創世記は何度か読んだけど、ここに気づいてなかったー!いつも学生たちに、読解の授業で「ほら、ちゃんと文章読んでください。答えが書いてありますよ」とか平気で言ってた自分が恥ずかしい🫣

これは、ユダヤ教、キリスト教の人たちにとっては、ズシーンと胸と頭に来る場面だったのではないでしょうか。

このシーンが、私には1番印象的でした🌟

人間が1番恐れているのは宇宙人じゃない。自分が深く、深く信じてきたものが嘘だと知ることです。信じて頑張ってきたもの、人に伝えたり教えてきたものが間違っていた、と恥をかくこと、責められることが怖いんです。

あなたが信じてきたものを頭から否定する必要はありませんよ。でも、知らないものを知ることを恐れないで、ちゃんと見なさい、と映画は伝えたいんだろうなぁ。

さて、では、地球には、人間しかいないのでしょうか?いんやー、そんなことないよー 宇宙人はいます😏 次回は私が見た宇宙人さんの話をしようと思います。

🌟癒しフェスティバル、1日目のご予約枠はもうすぐ締め切りです。

つれづれなるままに。。。, シュタイナー教育, 子供とエネルギー

その2円は なぜ入れられたのか

今日、英語の授業が午前中で終わったので、午後はカフェで、「いつか読まなきゃ」と思っていた本を読むことにした。380円って、、、時代を感じる。どうやら、この本は1979年9月14日に購入されたもののようだ(本の中にメモがあった)。

シュタイナー教育を学んだり、実践したり、子どもを通わせた人は多分一度は読む本だと思うので、「いつか、いつか読まなきゃ」症候群に何年もかかっていたのだが、本日でそれが終わりそうです。

昔のミュンヘンのことも書かれていて、当時のドイツの社会状況もわかるので面白い。

日本人の女の子が、親の留学についていき、ミュンヘンのシュタイナー学校に入る。シュタイナー教育が実際にどういうものなのかを親の視点から書かれた有名な本だ。

読み進めてると、色々なことが頭に浮かぶわけです。その中でも、今日は、子どもたちの自由奔放さと、14歳まではひたすら芸術に触れさせ、本能的に生きることを推奨し、知識よりも体験を積ませることを大切にする点に注目が行った。

というのも、この本の中に描かれているシュタイナー学校の子どもたちは、のびのび自由に生きている印象を受けるからだ。うちの娘もいじめで鬱になり、公立の学校に行けなくなった時、少しだけ、自由学校にお世話になり、そこではシュタイナー教育を少し取り入れていた。シュタイナー学校に入れようと思ったこともあったが、担任の先生と面談した時に、直感的に「この先生は合わない」(小学生はずっと同じ担任が繰り上がるので、先生と気が合わないと大変なことになる💦)と感じた。

娘が通った自由学校の子どもたちも、のびのび、やりたい放題、本能剥き出しの子どもたちで、結局そこでもイジメで鍛えられた娘は、「もう、私公立に戻る」とギブアップ宣言をし、その後何と堂々と公立の元の学校に戻った(余談ではあるが、あの時に、初めて私は我が子の強さを感じたのである。こ、この子は気骨がある、絶対大丈夫だ、と。飄々としてるんですよ、子どもって。その後、公立の理不尽な担任の行動に真っ向から異見し、反抗的な1年を過ごした模様 ⬅️母はそんなことは全く知らず💦 あとで校長先生から「褒められた」)

本を読み進めていると、中に出てくる子どもたちは、私が日本語指導をしている外国人児童と重なるところがある。日本人の子供たちは、小さい時から周りの空気を読むように教育される。皆んなと足並み揃えるのが得意だ。それは、日本の小学校教育の良い点だと考えている。

そこに入ってくるのが、日本語が全く分からない、時に母国で幼稚園にも行ったことのない子供達。まさに、本能丸出しで、やりたくないことはやりたくないと言い、泣いたり、駄々捏ねたり。踊りたい気分になれば踊るし、調子が良いと鼻歌を歌いながら日本語を勉強する。

この夏、面白いことがひとつあった。私が関わってる子供達にカマキリ ブームが来たのだ。日本に来て、母国とは全然違う環境で、小さい体に不安を沢山溜めながら通う子もいて、頑なに日本語を話すことを拒否する子もいる。「ミュンヘンの小学生」の主人公の女の子と同じだ。ドイツ語を全く話さないで学校に通う子。親や周りの期待に反して、いつまでも日本語を話さない児童もいる。そんな子供達を、国際級の先生たちは辛抱強く愛情を持って指導している。

こちらが頑張っても、なかなか日本語を話さない子たちが、夏休み明けに全身全霊で日本語で一所懸命話してきた。「かまきり、いた!公園、いた!〇〇くんととった!」。会うたびに、カマキリの報告。それが次第にセミやらカブトムシになるのだ。

自分が好きなこと、好きだってことを伝えたい、となると、固い殻を自ら破って話してくる。あの子供の純粋に頑張る姿を見れるというのは本当に教師の特権だと思う。しかし、じーんと感動してばかりもいられない。

カマキリの入った虫籠に、光る丸いものが2つ。よく見ると1円玉が2枚土の中に立てられて、半分埋められている。

私が、「なんでお金があるの?」と聞くと、「え、何でそんなこと聞くの?」という子供。見つめ合う先生と子供。お互いにお互いの行動が理解できない🤣

「何となく」入れたそうです。

それ以上の理由はなし!入れたいから入れた!

これだから、異文化ルーツのヒトと交わるのは楽しいんですよー やめられない ククク😏

つれづれなるままに。。。, 子供とエネルギー

それでも信じる力

喫茶店の隣の席の中高年の男性2人がよもや話をしているのが聞こえてきました。

多分経営者なんだと思います。お互いの近況を伝えたり、最近のニュースの裏側の話しとかをしていて。でも、2人とも何となく元気がなくて。まぁ、この今の日本の都会でビジネスをやっている人や会社員で明るく過ごしている人の方が少ないかもしれない。

でも、それでも人って前を向いて歩いていくんですよね。あまりにつらい時は立ち止まるし、引きこもるけど、それでも、やっぱり、体は動かなくとも、心は常に動いているし、解決策や抜け道を探すから辛くなる。

人間て、弱いようで強いんですよ。人間の身体も然り。風邪でもインフルエンザでも、ゆっくり休めば戻りますから。食あたりになっても、下痢になっても、やっぱり数日すれば元に戻る。とても人工ロボットにはかないません。

私は、信じてるんです。人って、本当は自分のこと好きなんです。自分の魂の輝きや、過去生での良い思い出を知ってるんです。記憶は消えません。ただ、思い出せないだけ。思い出すことを忘れてしまっただけ。

その証拠に、自分のことを嫌いな小さい子って殆どいません。よっぽど親に押さえつけられたり虐待などを受けない限り、子供は飄々としていて、呑気で、自分が愛されるべき存在であることを疑いません。

大人になっても、思い出せばいいんです。そして、自分自身のコアの輝きを視れば、「うん、色々あるけど絶対大丈夫」って思いが湧き出るんです。そうなったら、ある意味無敵です。

私は、そんな人が段々と周りに増えてきている気がします。

つれづれなるままに。。。, 子供とエネルギー

私は なんでここにいるんだろ?

自分の子供の頃のことで覚えていることって何ですか? 

忘れられない体験があります。幼稚園の年長だったある雨の日。帰りの幼稚園バスを、園庭に一列に並んで待っていました。

私は目立ったり、他の子より上手にできて褒められることが好きな子でした。社交的ではなかったけど、「認められたい」という気持ちがあった。何かに失敗したときに、大人が「あら、いつもはできるのに今日は失敗しちゃったのね」って顔で私を見るのが辛かった。恥ずかしかった。

だから、何でも頑張る子だったんです。頑張るのが好きでした。今でも好きです。今は、誰かに褒められたいというより、自分で納得したいのと、達成感を味わいたいから。

その日も帰りのバスを待つ列を作っていたのですが、私が先頭の番でした。みんなの前に立つと、偉くなったような気がして、エッヘン☺️ って気持ちでした。みんなは後ろにいて、自分だけが目の前の全ての光景を見ることができているようで。

ところが、その日はバスがなかなか到着しないので、いつもより長い時間、雨ガッパに降り落ちる雨の小気味良い音を聞きながら立っていました。

「できる子」の恵ちゃんが先頭ですから、先生たちは後ろの手間のかかる子供にだけ目を向けていれば良くて、私は放っておかれました。

それが、良かったんだなぁ。だって、あとはじっと立って、雨の音を聞きながら、好きなことを考えていればいいだけ。目の前を通る大人もいないんです。

しばらくすると、私の体は不思議なくらい固まり、微動だにしないように感じられました。子供ながらに、「なんかいつもと違う」と感じました。

そして、私の意識は段々と宇宙に繋がりました。物心ついた時から、私はいつも悲しさというか、寂しさというか、そういう感情を胸に抱く子でした。自分がいまここに居ることが腑に落ちないんですよね。本当はここに居るはずじゃないのに、間違えて下ろされてしまったかのような感覚で、父親のことも、母親のことも含めて誰も信頼できませんでした。

雨の中じっと立っていると、意識は宇宙と繋がり、体と分離していきました。意識は体の中にあります。オーラも肉体にあります。でも、意識が宇宙と繋がってる。体の感覚もあります。でも、心がフーッて楽になったんです。

人間なんだけど人間じゃない、みたいな。それが気持ちよくて、「あー、このままずーっと立っていたい」と思いました。それもそのはず、我々は元々宇宙人ですからね。今はこの星にいて、この体にいるけど。

今じゃ電車で喜んで座る人ですけど。

ここにいながらも、本当はここには属さない存在であることを体で感じた6歳の体験。

雨の日に、家でぼーっとしてると、あの時の光景を思い出します。