自分の子供の頃のことで覚えていることって何ですか?
忘れられない体験があります。幼稚園の年長だったある雨の日。帰りの幼稚園バスを、園庭に一列に並んで待っていました。
私は目立ったり、他の子より上手にできて褒められることが好きな子でした。社交的ではなかったけど、「認められたい」という気持ちがあった。何かに失敗したときに、大人が「あら、いつもはできるのに今日は失敗しちゃったのね」って顔で私を見るのが辛かった。恥ずかしかった。
だから、何でも頑張る子だったんです。頑張るのが好きでした。今でも好きです。今は、誰かに褒められたいというより、自分で納得したいのと、達成感を味わいたいから。
その日も帰りのバスを待つ列を作っていたのですが、私が先頭の番でした。みんなの前に立つと、偉くなったような気がして、エッヘン☺️ って気持ちでした。みんなは後ろにいて、自分だけが目の前の全ての光景を見ることができているようで。
ところが、その日はバスがなかなか到着しないので、いつもより長い時間、雨ガッパに降り落ちる雨の小気味良い音を聞きながら立っていました。
「できる子」の恵ちゃんが先頭ですから、先生たちは後ろの手間のかかる子供にだけ目を向けていれば良くて、私は放っておかれました。
それが、良かったんだなぁ。だって、あとはじっと立って、雨の音を聞きながら、好きなことを考えていればいいだけ。目の前を通る大人もいないんです。
しばらくすると、私の体は不思議なくらい固まり、微動だにしないように感じられました。子供ながらに、「なんかいつもと違う」と感じました。
そして、私の意識は段々と宇宙に繋がりました。物心ついた時から、私はいつも悲しさというか、寂しさというか、そういう感情を胸に抱く子でした。自分がいまここに居ることが腑に落ちないんですよね。本当はここに居るはずじゃないのに、間違えて下ろされてしまったかのような感覚で、父親のことも、母親のことも含めて誰も信頼できませんでした。
雨の中じっと立っていると、意識は宇宙と繋がり、体と分離していきました。意識は体の中にあります。オーラも肉体にあります。でも、意識が宇宙と繋がってる。体の感覚もあります。でも、心がフーッて楽になったんです。
人間なんだけど人間じゃない、みたいな。それが気持ちよくて、「あー、このままずーっと立っていたい」と思いました。それもそのはず、我々は元々宇宙人ですからね。今はこの星にいて、この体にいるけど。
今じゃ電車で喜んで座る人ですけど。
ここにいながらも、本当はここには属さない存在であることを体で感じた6歳の体験。
雨の日に、家でぼーっとしてると、あの時の光景を思い出します。