つれづれなるままに。。。, シュタイナー教育, 子供とエネルギー

その2円は なぜ入れられたのか

今日、英語の授業が午前中で終わったので、午後はカフェで、「いつか読まなきゃ」と思っていた本を読むことにした。380円って、、、時代を感じる。どうやら、この本は1979年9月14日に購入されたもののようだ(本の中にメモがあった)。

シュタイナー教育を学んだり、実践したり、子どもを通わせた人は多分一度は読む本だと思うので、「いつか、いつか読まなきゃ」症候群に何年もかかっていたのだが、本日でそれが終わりそうです。

昔のミュンヘンのことも書かれていて、当時のドイツの社会状況もわかるので面白い。

日本人の女の子が、親の留学についていき、ミュンヘンのシュタイナー学校に入る。シュタイナー教育が実際にどういうものなのかを親の視点から書かれた有名な本だ。

読み進めてると、色々なことが頭に浮かぶわけです。その中でも、今日は、子どもたちの自由奔放さと、14歳まではひたすら芸術に触れさせ、本能的に生きることを推奨し、知識よりも体験を積ませることを大切にする点に注目が行った。

というのも、この本の中に描かれているシュタイナー学校の子どもたちは、のびのび自由に生きている印象を受けるからだ。うちの娘もいじめで鬱になり、公立の学校に行けなくなった時、少しだけ、自由学校にお世話になり、そこではシュタイナー教育を少し取り入れていた。シュタイナー学校に入れようと思ったこともあったが、担任の先生と面談した時に、直感的に「この先生は合わない」(小学生はずっと同じ担任が繰り上がるので、先生と気が合わないと大変なことになる💦)と感じた。

娘が通った自由学校の子どもたちも、のびのび、やりたい放題、本能剥き出しの子どもたちで、結局そこでもイジメで鍛えられた娘は、「もう、私公立に戻る」とギブアップ宣言をし、その後何と堂々と公立の元の学校に戻った(余談ではあるが、あの時に、初めて私は我が子の強さを感じたのである。こ、この子は気骨がある、絶対大丈夫だ、と。飄々としてるんですよ、子どもって。その後、公立の理不尽な担任の行動に真っ向から異見し、反抗的な1年を過ごした模様 ⬅️母はそんなことは全く知らず💦 あとで校長先生から「褒められた」)

本を読み進めていると、中に出てくる子どもたちは、私が日本語指導をしている外国人児童と重なるところがある。日本人の子供たちは、小さい時から周りの空気を読むように教育される。皆んなと足並み揃えるのが得意だ。それは、日本の小学校教育の良い点だと考えている。

そこに入ってくるのが、日本語が全く分からない、時に母国で幼稚園にも行ったことのない子供達。まさに、本能丸出しで、やりたくないことはやりたくないと言い、泣いたり、駄々捏ねたり。踊りたい気分になれば踊るし、調子が良いと鼻歌を歌いながら日本語を勉強する。

この夏、面白いことがひとつあった。私が関わってる子供達にカマキリ ブームが来たのだ。日本に来て、母国とは全然違う環境で、小さい体に不安を沢山溜めながら通う子もいて、頑なに日本語を話すことを拒否する子もいる。「ミュンヘンの小学生」の主人公の女の子と同じだ。ドイツ語を全く話さないで学校に通う子。親や周りの期待に反して、いつまでも日本語を話さない児童もいる。そんな子供達を、国際級の先生たちは辛抱強く愛情を持って指導している。

こちらが頑張っても、なかなか日本語を話さない子たちが、夏休み明けに全身全霊で日本語で一所懸命話してきた。「かまきり、いた!公園、いた!〇〇くんととった!」。会うたびに、カマキリの報告。それが次第にセミやらカブトムシになるのだ。

自分が好きなこと、好きだってことを伝えたい、となると、固い殻を自ら破って話してくる。あの子供の純粋に頑張る姿を見れるというのは本当に教師の特権だと思う。しかし、じーんと感動してばかりもいられない。

カマキリの入った虫籠に、光る丸いものが2つ。よく見ると1円玉が2枚土の中に立てられて、半分埋められている。

私が、「なんでお金があるの?」と聞くと、「え、何でそんなこと聞くの?」という子供。見つめ合う先生と子供。お互いにお互いの行動が理解できない🤣

「何となく」入れたそうです。

それ以上の理由はなし!入れたいから入れた!

これだから、異文化ルーツのヒトと交わるのは楽しいんですよー やめられない ククク😏

コメントを残す