当たり前のことですが、何事も続けないとモノにならない
特に成長が数値で表せないスピリチャルなモノは、途中でめげそうになりやすい。だから、全ての人に門戸は開かれているのに、「狭き門」と言われるのです。諦めなかった人は必ずその門をくぐる日が来ます。色んな門があります。一つずつくぐるのです。
旅行から帰ってきたら、透視ヒーリングの現役生からのレポートがポストに届いていました。どうしても過去世や未来や天使やらハイヤーセルフからのメッセージやら臓器のエネルギーが「視えた」「視えない」にこだわってしまいがちですが、彼女は「視えてない」と思いつつもメゲズに頑張っているのが良くわかります。
そうなんです。めげないことなんです。ある意味、講師の私の役目は、鞭をピチピチと叩くことなんですよね。「諦めるな!必ず道は開ける」と。
信じて続けていけば、瞑想し、自己と他者のクリーニングとヒーリングをしていけば、「確信」の日は来ます。
その生徒さんは、浄化のプロセスの中で喉を悪くし、体調不良になり、寝込んだところから、その1週間薬をとらず、ヒーリングし、じっくりと自分と向き合ったそうです。
本気を出すとどうなるか。
ハイヤーセルフも本気になります。笑 「お、肉体レベルのオレ、ついに本気出したか!ヨッシャー!」と、ここぞとばかりに難問を出してきます。難問?人によって形はそれぞれなのですが、要はクリーニングしないといけないモノをあぶり出してくるのです。
PARAMITAでは、透視で視るということと、クリーニングすること両方のテクニックを同時に教えています。いくら情報が視えたとしても、それだけでは期間内には卒業できません。なぜなら、正しい訓練をガイダンスのもとに続けていけば、誰でも視えるようになるからです。問題はその先なんですよね。視えたモノの捉え方、解釈、クリーニング、そして人間性ですよね。
さて、その生徒さんは、あるシンボル的な映像が視え出したのですが、みていると気持ち悪くなるのだとか。そのシンボルの裏に、生徒さんが処理するべき情報があるのです。過去世の記憶、今世の感情、他人のエネルギーなど、何かがある。
この方、体調崩して自分と向き合ってから、瞑想の大切さや意味をより深く理解できたみたいで、30分、気持ち悪さと戦いながら、瞑想し、クリーニングもし続けたんだそうです。そうしたら、もう気持ち悪いのがなくなった!とのこと。
大きなモノを手放したのですね。
そうなんです。自分を、先生を信じて、取り敢えず教えられた通りに続けてください。
似たような時期がまた来るでしょう。子供の知恵熱みたいなものです。段々と取り組むのが楽しくなりますよ。