ヒーリング講座☆ワークショップ, 未分類

完璧でなくていい

通信講座の方、「いつ始まりますか」とポツポツご連絡いただいてます。これが、なかなか進まない。。。。 というか、これを産み出す過程で個人的に学ぶことが沢山あるようなのです。その過程を経ること、過程で出てくる課題をこなしていくことに大きな意味があるから、無理に急いで形にすると、本来提供できる内容が盛り込めないのだな、と思います。

 

昨日も、キャンパスに描いた絵を、白紙に戻すまではいかなくとも、修正することを余儀なくされた気がしました。

 

日本語と英語の両方で作るわけですが、翻訳をお手伝いしてくださる方からできてきた「完璧すぎる」原稿。素晴らしい頭脳を持った方で、ご自身もスピリチュアルなことを学ばれていて、知識も豊富で、大学で培われた文章構成の能力も高く。お金かかっても仕方ないな、と思わせるお仕事ぶり。

 

だけど、出来上がった原稿を見て、「あ、このままでは”私らしさ”がいつか失われるであろう。日本人独特の表現や感覚が薄れてしまう」と思いました。英語として完璧な表現や文法をとるのか、それとも不完全なものかた波動で伝わるものをとるのか。

 

私の中では答えは明確です。

 

さて、この完璧なものをまた「不完全」に戻す作業の始まり始まり。

 

通信講座って、実際に対面でお話しすることはなく、お金を払ったら教材が送られてくる。数回のやり取りがあるだけで終了。だから個人的な深いワークは当然できないので、そこまで深い内容にはしないわけです。透視とかは通信やビデオ講座で安易に教えるものではないと私は思ってます。それば、ビジネスとしては成功するかもしれないけど。こんなに安くで学べるんだって、飛びつきますよね。中途半端に学んだ知識でリーディングとかをすることがいかに怖いことかは、生徒を育てたり、他のヒーラーをみていて痛感しています。「過信」ほど怖いものはない。

 

PARAMITAの通信講座は、他者をリーディングをする、とか、ヒーラーとしての認定を出すものではないわけです。自己啓発を目的としたもの。だから、「認定」が取れるものではない。だけども、大切なことは認定をとることとか資格をとることでもないわけで。通信講座とはいえ、個別指導も入れますけどね。

 

言葉や形式や目に見えるもの、物理的に手に入れるもの以上のものを盛り込むわけだから、カタチの完璧さにこだわる必要はない、と自分に言い聞かせてます。

 

結局怖いのは他者、特に英語圏のヒーラー達からの批判なんだと思います。そこ、乗り越えないと駄目じゃんMegumi!と鼓舞してます。

 

ええ、乗り越えますよ。じゃなきゃあ手はつけてません 笑

 

ただ、こうやって「私はやり遂げます。失敗を恐れません。カタチ以上のものを受け取れる人々に広がります」と宣言したいだけなのです。

 

そして、先日ある方から言われました。「Megumiさん、あなたはこうやって日本から世界に発信する人なんですね。受講者がいるか心配されているみたいだけど、でも、これからは世界中から多くのヒーラーやそうでない人も日本に集まってくる。大体、英語で発信しよう、なんて普通の人は考えないことですよ」と。

 

それは、きっと、需要があるってことですよね。って、別にその方はリーディングされたわけではありませんが。でも、多分、多分、そういうことなんです。自分にはそんな力はないって思っちゃうのが、不要なエゴなわけです。自分でブレーキをかける。だけど、ハイヤーセルフや天使やらガイドからは「やって!やって!だって、あなたはやれる人でしょ!」とルンルンしてるんですよね。待ってるのですよ、多くの人が。そう、それわかってるから尚更怖い。矛盾だ。

 

だめだ、Megumi。ちゃんとアクセル踏もう。あ、でも、ペーパードライバーだった。。。。

 

馬なら動かせるぞ。短鞭をピシピシと横腹キックとふくらはぎの圧迫をし続ける。内転筋が鍛えられるという副産物もゲット。

 

ちなみに、あのムチですが、叩いて痛みを与えることが目的ではなく、ピチッっていう音をたてて、「ほら、乗り手の合図に気付きなさい」というのが目的なのです。

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