つれづれなるままに。。。

「貧困の中にある寛大さと日本のツワモノを思い出した」


何年ぶりかに、朝のラッシュ時の田園都市線に乗ってます。いやー、ナンジャコリャ!妊婦さんとかいたら、お腹の赤ちゃん死んじゃいますね!妊婦でもないのに押されるお腹が痛い自分はどういうことだろうか(^^;; と思いながら、爪先立ちでこらえる。南武線の登戸駅でドラエモンのテーマソングが流れる。「どらえも〜ん!たすけて〜 泣」

日本のサラリーマンは、この後左右前後に人がいる、仕切りのないデスクで働くんですよね。夜の8時とか10時とか12時とか。これは精神的にまいる人が出て当然です。だって人間に相応しい生活スタイルじゃないもん。私たち、人間ですよ〜

満員電車の中で無言で耐える人々を見ながら、インドの満員電車を思い出しました(写真は大げさすぎだけど。今はここまではいかないと思います)。インドのNGOにいた頃ですが、田舎の農村までローカル線で朝早く移動。混んでますよ。激混みです。ドアから人が溢れてますからね。ドアがないんですよ。その中に、出勤する人がいるわけです。野菜や卵を持った農民が多いですね。あと、動物を売りに行くため、もしくはそのミルクを絞って売るためにヤギとかも乗るから、横でヤギがメーメーしてるわけです。糞もポロポロ。ゴキブリもネズミもいます。

日本の混雑とはレベルが違います。カオスです。

なんだけど、そんなに喧嘩とか起こらないです。あと、お年寄りや子供がいたら、席を譲ります。寝たふりしません。みんなで譲り合わないと、生きていかれない人が出てくるんですよ、本当に。ベビーカーで文句言ってる場合じゃないんです。巨大スースケース2個分くらいの売り物を、貧しい農民の奥さんたちが数人で「うりゃ〜!」って電車に詰め込む。それを売らないと食べるものが買えない。多産だから子供多いし。

だから、譲り合うわけです。

バスも、どうみてもお金払えなさそうな人は、車掌も目を瞑る。たったの2ルピー(当時6円くらい)が払えない最貧困層もいるわけです。

生存とか死が間近にある社会ならではの寛容さだと思いました。そうじゃない時は、普段平気で人を騙すくせに 苦笑 何ていうか、聖と悪が混在してるんですよね。その中で寛大な気持ちでいないと、自分の心が死んじゃうな、と思いました。3年間修行でした!ルーミーの詩にもありますが「良いとか、悪いという世界の間の空間で会おう」みたいな。

喧嘩もあるけど、やるとなったら口でハッキリやり合います。笑っちゃう主張とかもあるんですけど、それがまた、ドラマみたいに面白いから、周りはそれをネタに笑うという。飽きないですね。毎日何かしらの笑いのネタはありましたね。怒りのネタもありましたけど。

ナイフで制服を切るとか、イライラでキレて殴り合うとか、そういうのはないですね正々堂々とやり合ってましたよ。その方が気持ちいいわ。何ていうのか、多分、頭の思考が違くて、インドの場合は、その場その場を生きてるんで、あんまり根に持たない。いつまでも小さなことを根に持って執着するほど暇じゃない。問題は次々に起こるんで、対象がめまぐるしく変わるんですよ。それはそれでいいのかな、と。

で、高校時代のツワモノも思いました。朝の東海道線は物凄い混雑ぶりなんです。駅と駅の間隔も長い。けど、私の友達で、身体の小さい女子がいまして。。。。ちょっとジャンプすると、人に挟まれて、浮いてられるらしいんです。それで寝ながら登校してました。君はインドでもやって行かれるな。

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