つれづれなるままに。。。

tsujitsuma

ブログの更新ができない日々が続きました。つまり、、、透視リーディングの個人セッションやzoomレッスン以外で自分の家のパソコンの前に座ることがほとんどなかったということです。

恐ろしいくらい、今年は新しい仕事に没頭しております。色んな国籍の、異なるバックグラントと目標を持った、年齢の違う若者たちと触れ合うことが多くなりました。

20代、30代前半をほとんど海外で過ごした私ですが、当時は自分が日本人であるということは今ほど意識していませんでした。海外にいれば自分の国籍やルーツというアイデンティティーが付きまとうといえばそうなのですが、欧米もインドも、色んな人種が混在しているので、実はあまりそこが気にならなかったかもしれません。国際開発の畑にいると、日本人というだけで寄付金や政府のお金がついてくるかもという淡い期待を抱くのか、現地の人々が特別扱いをしてくれるので(笑)、あえて国籍は隠していたのも事実です。ひとりの人間として、現地の人たちと同じような生活をして、同じ目線で体験をしたかったし、時にはその社会をこっそり外国人として傍観したかったのです。

この数年間で世界の本当の歴史、日本の歴史を知り、日本語というものにも職業として正面から向き合い、ようやく自分が日本人であることがしっくりきたというか、認められたといいましょうか。フラフラしていた自分のアイデンティーティーの軸が、ようやくシャキン(`・ω・´)としてきました←「しゃきん」とタイプするとこんな絵文字が出てくる。

日本人は、単一民族ではなくて、実は人種のるつぼなんですね。イラクやトルコなど中東や中央アジアの血も入っているんです。中国も朝鮮も東南アジアも入っている。私が自分のオーラやアカシックレコードの中で見る自分の過去生は中東、ロシア、東欧が多いですから、納得です。もちろん、肉体だけでなく、魂の転生も含めての話しなのですが。

話しは戻り、今は、国籍の異なる若者たちに、数学や、国際開発や日本語を教えたり、面接や進学指導などをやっています。一度は離れた国際開発、国際協力の分野にもう一度関わっています。昔は、経済的に豊かな「国」に生まれた自分が、途上国の貧困削減や教育に貢献したいという想いが強かったのですが、今は変わりました。現在は経済的には豊かではなくなったが、文化的・歴史的・精神的に豊かな日本という国を選んで生まれてきた自分が、国際協力や紛争解決や異文化理解に興味のある若者たちの成長を助ける触媒となり、サポートしつつ触発していく、というスタンスに。

遠回りをして、また元の大きな道に帰ってきた。挫折や喪失感や後悔の念に襲われた20代のあの時の自分に、「あなたのとった選択はどれも間違っていなかった。どれも必要な体験だった」と語りかけています。

そう、人生はどこかで辻褄が合うのです。

辻褄」の意味とは物事の筋道が通っていること!語源は着物と裁縫用語│mamalrescha

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