週に数回、小学校の国際学級で日本語を教えています。算数や理科などもちょこっと教えたり。
今日は、担当している生徒さんの1人と、3年生の国語の教科書に出てくる金子みすゞの詩に取り組みました。彼女自身は小6なのですが、日本に来てまだ8ヶ月。簡単な詩を選ぶ必要があります。
国際学級に入るようになってから、日本の小学校の教育の良いところが目に入るようになりました。教科書は、どれもとても良くできています。
何よりも、やっぱり大切なのは国語ですね。思考力や意志表現に必要な言葉を学びますから。日本語の大和言葉らしい柔らかい響きの文章が意図的に選ばれている気がします。
さて、本題の金子みすゞの詩です。難しいかな、と思いましたが、意味がわからなくとも、しっかり日本の詩のリズムをつかんでいました。ベンガル語が韻を踏む言葉であるとしたら、日本語はリズムだな、と思います。
意味を細かく説明していくと、結構大事なところは理解できていることが判明。そして、ベンガル語に訳してみよう!ということになりました。
途中の、からだをゆすっても、という表現が日本語からベンガル語にしっくりこないようでした。英語のshakeかな、と伝えたところで、「ああ!」とピンと来たようです。
「きれいな音」を訳すところでも、長く立ち止まりました。音にしても、すず にしても、そのまま訳せないんですよね。詩が何を言っているのかを理解しないと言葉が出てこない。
彼女の提案で、ここの「音」は「鳥のさえずり」という意味あい(らしいです)のベンガル語に訳すことにしました。
出来上がった詩を2人で読み上げて、言葉にならない 感動の波と、満足感が押し寄せてきました。思わず、「কি সুন্দর」と2人でニッコリ☻
「たくさんなうた」という表現、昔はあったんですね!知りませんでした。「たくさんの」という表現の方が今では一般的な気がするのですが、一概に「間違いです」とは言えないことがわかりました。日本語教師として大きな学びとなりました。
「たくさんな」と、「たくさんの」、
どちらもちがって、どちらもいい。
