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「ハプニングの後は感動とご褒美」

娘にモンゴルで1番楽しかったのは何だったかを聞いたら、「ラクダと馬に1人で乗ったこと、馬で走れたこと、あと男の子が馬の扱いがうますぎること」と。モンゴルでの乗馬は、ハプニング続出でした。4時間の山道だったのですが、途中から雨が降り、雪になるかもしれない寒さとなり、凍えながら進みました。

あまりに寒いので、途中でゲルで休ませてもらい、またもやチーズを食べたっけ(洗濯物と一緒にチーズが干されてます)。ハルピーはそこのおばさんのお手製のモンゴル服(カザフスタイルらしい)を2000円でゲット。

私の右足のアブミが途中で何度かズレ、馬主さんが直してくれるんですけど、左右のバランスとかあんまり考えてくれないんですよね。勝手に馬上から直せる構造のものでもなく、言葉も通じず、最後は右足だけ競馬並みに短くなったままコントロール。サラブレッドと違って歩幅が小さいから、軽速歩の時の乗り手の動きも忙しなくなる。寒くて足のコントロールがうまくできない。

そんな中、横のガイドさんの馬が斜面でズッコケ逃走しかけ、私の馬もつられそうになる。うまくコントロールできましたが、ガイドさんの馬はその後捕まえた後もなんだかうまくいかなくて、片方のアブミがなんとチギレ落ち、ガイドさんは振り落とされ、馬が完全に逃走。そうなると、馬は何キロでも走っていってしまうので、探すのが大変。

馬主の息子さん(多分ハルピーと歳はそんなに変わらない)にそれを伝えると、リュックサックに食料だかなんだかを詰め込んで駆け足でもう見えない馬を探してパカラン パカランと走り去りました。日も暮れかかっていたので、電灯など持っていったのかも。

人工的な目印は何もない、日の暮れかけた山の中を背番号8の文字を掲げた10歳くらいの男の子が当たり前のように責任を背負って馬を探しに行く姿に何とも言えない感動がありました。

草原で生きる民の強さなのかなぁ

生きる力と逞しさを目の当たりにしました。

暗くなる前に、逃げた馬を連れながら彼は帰ってきました。「凄い、凄い」とハルピー。その凄さをわかってもらうために乗馬もやらせてきたので、ママは嬉しいよ〜

これが、遊牧民の日常なんですね。馬やヤギの世話をして、その命をいただき、粛々とシンプルな毎日を生きる。多くを望まず、望むということを多分知らない。

男の子の帰還を待つ間に虹が出てきました。

そして、ウランバートルに帰ってから、マーケットでモンゴルの制服発見。「制服着てみたい!憧れなの!」とハルピー。うん、多分制服のある学校には上がらないから、これは良いかも、ということで、モンゴルの中学生の制服を一式購入 笑笑 6000円で手に入ってしまった。モンゴル産のウールが混じっているようです(*^o^*) 着るたびに、モンゴルの草原の生活を思い出してね。ちなみに、顔をしかめているのは、泣いているのではなく太陽が眩しいためです🌞

子供とエネルギー, 未分類

1日 1日が成長をもたらす

娘の電車乗り過ごし、乗り間違いで毎日携帯から目が離せません。こんなことを続けて3ヶ月。ママも体力的に限界が来たのか、今朝はダウンしてしまいました。夢の中で色んな子供達がでてきた〜 学校に行かれない子、精神障害のある子、その親達。

 

 

今日は学校の遠足で高尾山に行った娘。また新しい駅あ乗り換えでパニック。予定通りに動いていないのがGPSでわかる。その度に携帯に連絡。朝の支度なんてできないんですよね。つきっきりです。

 

 

帰りも手こずり、何と乗り換え間違えて、寝込んで、また高尾駅まで行ってしまったようで。。。。19:17の高尾発の電車に乗り、泣きながら電話してきた娘。またそれから寝過ごさないようにGPSでチェックしたりメール送ったり。。。。その間に仕事しないといけないし。

 

 

地元の駅に近づくほどに元気な声になる娘。

 

 

改札をくぐってきたときには怒る気もしなくて。ただただ愛おしいと思いました。

 

 

そして、また一皮むけた大人の顔をしていました。子供って、こういう体験があるごとに強くなります。1日でこれだけ成長できる!励まされますよ!

インド舞踊カタック, 子供とエネルギー

失敗する権利

先日、娘の学校で演劇の発表会がありました。古典の作品を先生や生徒でアレンジしたものらしいのです。「大人顔負けで凄いのよ」って、先輩の保護者さんから聞いてはいたけど、実際に観てみて、私もそう思いました。主に2つの観点から。

1.子供達の聴いて動いて身体に染み込ませる能力

普通の日本の公立の小中学校の学芸会では、台本が配られ、セリフがあります。私も小6の時に「村の子 3」の役をやりましたっけ。ものぐさな村の子供の役でして、ひと言セリフを言って、ゴロンと横になって餅を食べるという役でした。

今回、娘の学校の劇は小学1年生から中学1年生までの10数名による劇でした。セリフが棒読みになったり、間違えたり、うまくいかない部分もありましたが、それは子供なので良しとします。それよりも、高学年の子たちのセリフの量が凄かった!45分間、ほとんど子供だけで舞台裏も準備します。高学年の子が低学年の子に教えて、まとめます。その上で自分たちも着替えて、何度も舞台に出ては演技をする。

これは、凄いと思いました。大人でも、ここまでやるのは大変です。45分間を子供だけでやり通す。セリフも古典的なものが多いのです。

衣装も、全て子供達が作ります。手仕事の先生が指導はしますが、うちの娘もぞうりの装飾、エフェソスの女性が被る帽子のようなもの、天使の羽を自分で作っていました。

人に見せるために、自分を飾るために、みんなと1つのものを作り上げるために自らの手を使って作る。「〇〇ちゃん、効果音を出すのに使うワイングラス(中に水を入れて縁をなぞってぽわーんという不思議な音を出すのです)を忘れるかもしれないからママの貸して!」とか言うし。プラスチックのもの渡したら、「ダメだよ、本物じゃないとダメなんだよ」と。電車の中で割ってしまうから、と止めましたが。

なるほど、なるほど。娘が最近色んな音を作り出したりしていたのは、舞台裏での効果音も子供達が作るからだったのか!とその時に知りました。実際、舞台ではギター弾いたり、太鼓鳴らしたり、その他色々主に子供達がやってました。

セリフ自体も、どこで何をやるのかも、実は台本という紙なしで子供達は覚えたというのです!これにはビックリですよ。先生の言うセリフを必死に聞いて、覚える、そして動く。その繰り返し。子供は真似して覚えます。学ぶ、とは、真似ることです。

必死に真似すれば、ちゃんと脳は動くのです。

2.感じて、考えて、選択して行動できる子を育てる

同じ指導者として、先生の愛を感じました。この劇を指導するためには半端ない愛情と手間と時間をかけないと無理です。私も大人や子供に舞台の指導をしていたのでわかります。

手出しし過ぎてもダメ。子供が自主性を出さないとできない。中には自主性がまだ育っていない子もいます。うちの娘みたいに、飲み込みが遅かったり、周りについていかれない子もいます。そういう子を面倒見られるように上の学年を何年もかけて育ててきてます。

人を育てるって、本当に大変なことなんです。指導者、人ととしての自分の未熟さや間違いや、孤独や、周りから理解されないことに毎日向き合います。完璧ではないのに完璧を求められる。ジャッジの中で生きるということです。

ここまで子供達に向き合って指導してくださって、本当に有難いと思いました。子供の劇とはいえ手抜きはされてませんでした。本物を子供達に体験させたい、という先生達の気持ちがよく伝わりました。ありえん、ありえん!こんな贅沢ありえんわっ!って感動しました。

本物って、目に見える本物と、目に見えない本物があるんです。舞台はどうしても衣装とか技術とか小道具とか、段取りの良さとかで良し悪しを判断されがちですが、舞台経験のある人はわかると思いますけど、ふっと沸き起こるような何かを感じる時があるんです。自分の中からなのか、外からなのかよくわからないけど、ある空気が流れるというか。自分の血液の中にも流れるというか。

アレなんですよ。it.

文章を渡さず、ひたすら先生の言うこと、やることを真似る。インド古典舞踊や音楽と同じです。私の師匠もそういうやり方でした。「聞いて、見て覚えろ」が基本。だから、脳に染み込むのではなく、身体に染み込む。細胞に心に染み込む。それは、一生消えないのです。

先生が染み込ませるのは、舞台をやり遂げるためのセリフではなく、その子が生きていくために役立つであろう人生で起こる数々のイベントや感情。疑似体験させておく。疑似であったとしても、文章で読むのと、自分の身体でやっておくのとでは全然違う。いざとなったとき、取るべき行動が細胞に染み付いている。これほど心強いものはないと思います。

綺麗な作品を作るための劇ではない。生徒を育てるための舞台なんです。だから、失敗したり、未完成なものを発表する権利も与えられます。スクールであるから、失敗することができます。失敗しても何度も頑張る姿や、帳尻を合わせる姿を見守ることを子供も大人も学びます。

私たちには失敗する権利がある。失敗からしか学べないことが多いのが人生ではないですか?医者も、ヒーラーも、技術士も職人も、どこかで失敗する機会を与えられるべきです。それが大事故にならないように護るのが先生だったり組織です。失敗したときにどうやって立て直すのか学ばないといけないと思います。

ある意味で、ベテランというのは失敗を失敗にしない能力を身につけた方なんじゃないかなぁって常々感じます。

学校という場だけでなく、社会の中でも大人も失敗する権利を与えられるべきです。完璧、完成、成功だけを求められたら自分もキツイし人もシンドイ。あなたも私も間違える。そんなスタンスで生きていくことができたら、きっと笑顔が増える。自分を育てることが楽しくなる。

私が娘に願うことは、自分で学び、自分で自分を育てる力をつけることです。学歴より、そういう生きる力や希望を自分で見出す強さを身につけて欲しいなぁ 学歴なんて、人から信頼を得るのには役立ちますけど、なくても全然大丈夫だから。

瞑想クラス, 子供とエネルギー

祈りの瞑想会

大阪、心配ですね。昨日は朝から私もなんだかエネルギーが不安定でした。

いま、地球は大きな変化を迎えています。地球の変化の波動は個人の変化の波動とも共鳴します。

恐れるのではなく、手放して、そしてワクワクして、希望を持って生きることが大切かと思います。

明日の瞑想会では、平和への祈りから始めたいと思います。

今朝、喘息の発作は出てないんだけど、何となく不安だという娘。苦しい、と。

普段行ってるフリースクールはお休みさせました。

病院に行く途中で見つけたアジサイ。娘がアジサイの説明をしてくれました。成長してます!

お医者さんによると、「呼吸音は綺麗ですよ」と。精神的なものだったようです。ですので、お友達と遊べる余裕はありそうでしたので公立の学校の方に通わせました。

グルメ, 子供とエネルギー

シンクロな1日

実家の母が鹿児島まで先祖のお墓参りをしに帰った。「今から飛行機に乗るね」と連絡がきた朝、たまたまだけど、デパートで買っておいた鹿児島の灰汁巻きが温まったところだった。深い琥珀色で、ネバネバした灰汁巻きを、きな粉とコーヒーの花の蜂蜜でいただきました〜 おいちい^_^

で、米朝会談で盛り上がる中、娘が学校で習ってきた「アリラン」を縦笛で吹きながら帰ってきた。

タイムリーでした!

そうそう、「学校で家具作ってきたよ!」と作品を見せてくれた。ふむふむ。小人さんのための洋服を乗せられそうだね!

その後は2人で近所にある隠れ家的なパン屋で午後ティー。お店の中は木の作品で溢れてます。看板の裏側眺めながらパクリ。ブドウが可愛い。

子供とエネルギー

無条件の愛

今朝、ピアノの裏を掃除していたら出てきた。ベット脇に濡れた豆皿と娘専用のハチミツボトルが転がっていたが、、、許しちゃう♡

子供からの無条件の愛。実は、母親が与えるものより壮大で絶対的なものだと思う。どんなに叱られても、愛し愛されようとする健気な振る舞いに何度も励まされ、感動してきた。

私も、あなたも、かつてはそんな愛だけに満ちていた小さな子だったんですよね。

芸術, 子供とエネルギー

弟子入り前に

姫キュウリ(?)の曲がったのが形のせいで安売りされていたので、一晩つけてみたら更にスリムになった。娘ちゃんが喜ぶなぁ 本日のお弁当の手抜き感がこれで抜けた。

さて、今日から竹細工の工房に弟子入りです。竹割りから習います。

「あんたがやるんか?あんたが習うんか?大体工具なんて持ってないだろう(それは図星)。あんた、お嬢さんって顔だけど、こんな作業できるんかね?」と少なくとも2回はマスターにいぶかしげな顔で言われてます。。。お断りチックな雰囲気が流れたので、彫刻とかやってた、美術部出身とか言って説得。マスターは恐らく、美術「科」卒業と勘違いしている。。。

狙い通りだ。ふふふ

入ったもん勝ち

インド舞踊カタック, ヒーリング講座☆ワークショップ, 女性 女性性, 子供とエネルギー

ハートを癒す

栗原さんとのワークショップ。「灯(ともしび)の狭間から 〜水彩画でハートを癒す〜」。自分と繋がる、解放する、自分や他者を信頼する、ということをシュタイナー教育で実践されている滲み絵や、遊びや、スーフィーの詩人ルーミーの詩やインド舞踊を混ぜて私たちなりにアレンジして提供しました。

高校生の子もお母さんと一緒に参加してくれました。今回の開催の目的の中には親子関係の改善や、インナーチャイルドの癒し、母親の愛や子宮の力を感じることもありました。娘さんは、初めて受けたリーディングを喜んでくださいました。どこか大人よりも大人のような15歳。飾ることもなく、自分を過大に見せようともしない謙虚で素直なエネルギー。大人になると「私はもう大丈夫です。何でもわかってます」というふりをしたり、そうすることがプログラミングされてしまっていることもあります。己を直視する。これは、勇気のいることです。

栗原さんの素話や、歌いながらのワークも素敵でしたね。「こういうのは何十年ぶりに聞きました」「輪になって動く時涙が出そうになりました」「小さい時、人と絵の描き方が違くて、頭がおかしいんだと周りに言われていたことを思い出した」「小さい時は、両親が厳しくて。。。嫌いな習い事ばかりやらされた。でも、不思議と油絵だけは楽しかった。白いカンバスの中に自由を見出していたことを思い出した」などご感想いただきました。それぞれの人が何かを感じて、心の奥に宿る火を大切にしていってくださることを願います。良いとか悪いとか、ジャッジを超えた世界をもう一度心に取り戻しましょう。

栗原さんとは、準備の段階から楽しく練りまして、今日を迎えて、やはり開催して良かったと心から思いました。

子供を幸せにしたければ、心身ともに健康に育てたければ、まずは大人がそうあることです。自分のことを置いておいて子供の環境だけを変えることはできません。大人になっても安心して心を開いて学び続けることができる場所を今後も提供していきたいと思います。

ワークショップでは、沢山の奇跡がありました。最高なのがこれ!描いたあと、乾かす時間とスペースがなかったので、栗原さんが新聞紙に挟んで、丸めておいてくださいました。後で開けてみたら大変身!

娘の顔、頭、首、肩が浮かび上がって見えます。娘が好きな青い色でハートに囲まれているのも見えます。

娘は4月からシュタイナー教育に触れてます。大人にとってもチャレンジでした!なぜならば、私たちもより高いレベルまでシフトせざるを得ないからです。ライフスタイル、価値観、言動を変えます。

子供は、母親のお腹に、両親を助けてガイドするために降りてきます。彼らは神からの贈り物です。そう、あなた自身もそんな贈り物なのです。

今日のワークショップの中にも出てきた詩をひとつ。私も娘に望むことはこれ。若いうちに自分が無限の可能性を秘めた永遠の存在なのだということを体感するということ。そうしたら、その後どんな波が来ようとも乗り越えられます。

「お日様が顔を出し

暗闇を照らす

金色に輝く朝の光よ

私の心に小さな灯がともる

誰にも消せない 灯となれ」

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「ありがとう」3回から

最近多い個人セッションの内容は、シングル マザーで子供2人、3人育てている40代、50代の女性です。彼女たちには経済的な力がないだけ。でも、経済力がないことが、すべてをストップさせる。借金返済のために身売りする方もいます。「私はいま戦後の日本にいるのか?」と一瞬頭がクラクラします。

DV受けて命からがら逃げてきた人もいて、トラウマ的な過去の経験を夢で見るのが怖いから寝られない人もいます。でも、朝になると重たい体引きずってアルバイトをはしごします。

そして、大体において、彼女たちの1番の悩みは子供なんです。お金がなくて学校に行かれなかったり、重度の障害を持っていたり、母親が暴力を受ける光景を見ていたために人間不信に陥って引きこもりになったり。

「この子が自立できるようになって欲しい。最低限の教育を受けさせて、就職させたい」とお母さんたちは言います。でも、働くために時間と体力を奪われるから、子供と向き合う時間もとれない。そこで子供は母親に対しても心を閉ざしたり、「迷惑かけられない」と元気なふりをしてします。就職しても周りとうまくコミュニケーションが取れずに仕事が長続きしない子が出てきます。

母親たちが自分自身を経済的に満たすことができたら、負の連鎖を食い止められるのに。

日本は「貧困国」路線まっしぐらだな、と感じます。富裕層と貧しい層の差がこれから更に大きくなります。質の悪い食べものが無駄に作られ捨てられ、ハロウィンだのイースターだのイベントを盛り上げて消費させようとする企業戦略に踊らされる国民。

もう、とっくに経済的には「貧しい」国なんです。

ポジティブ シンキングで行こう!というビジネス セミナー系の文句に、私は悲しさを感じます。もちろん、前向きな思考は大切です!でも、まず、現実を見ようよ。私たちが「経済成長」で失ったもの、計画通りに進まなかったもの、忘れてしまった本当に大切なものがあるよね?

今の子供に1番与えたいのは生きる希望かな。薬品漬けの惣菜パンじゃなくて、太陽のように笑うお母さんやお父さんやお婆ちゃんが作ってくれるご飯やお弁当を食べて欲しい。「僕もこんな大人になりたい」って思わせるような希望に満ちた大人の姿を見せたい。親がいなくても、安心して帰れる場所があり、社会に居場所を見つけて欲しい。

人はそう弱くないです。生きるために生まれてきてますから。弱くないから、死ねないんです。そう簡単には死にません。「死ぬことができなくて辛い」と口にする大人がどれだけ多いことか。

楽しく生きましょう。毎日知らない人に3回は心をこめて 「ありがとう」「おはよう」を言いましょう。小さなところから、気持ちから変えていけば、経済も動きます。

「これからの」子供たちへの支援も大切だけど、それは多分焼け石に水。「いまの」大人が変わること、社会を変えることをまずやりたいな、と思います。

子供とエネルギー,

シベリアの杉子さん 旅立つ

数年前に、アナスタシア ジャパンのイベントで買ったシベリア杉のお皿。タイガの杉の木を刳り貫いたものです。我が家でたまに使ったのですが、何となく「ここで使われるものではなくて、別の場所で活躍する」というメッセージを受け取っていました。

娘が今月から転校しまして。新しい学校では、シュタイナー教育をアレンジした授業が行われています。木のぬくもりや葉っぱのざわめきや、「小人さん」の不思議ないたずらに、娘は転校初日から馴染んでいます。バス、満員電車、乗り換えも2日でできるようになりました。詰め込み式教育から離れたことで、むしろもっと沢山のものを吸収し、いちにち1日で大きな成長と変化をしています。子供の成長の神秘を感じます。

初めて登校した帰り道、途中のお店で手作りの指人形をみかけて、欲しいというので買ってあげたら、「作ってくれた人に感謝しないとね。あのお店の人が作ったんだね」と。背筋が伸びる思いでした。お店で買うとき、作った人に毎回感謝することを忘れかけていたな、と。

ふと、アナスタシアが本の中で話している、特殊な教育をしているロシアの学校のことを思い出しました。そういえば、シュタイナー教育はすぐにソビエトに伝わったな、と。ソ連、ロシアの教育は、自然と深く関わったり、実践を大切にするところがあるんですよね。あの学校は、おそらく娘の学校と似ているだろう、と思いました。どこかで繋がっている。

そんな時に、「毎月のお料理のクラスで使う、自分専用のご飯茶碗を用意してください」と。陶器ではなくても良いとのこと。形も特に決まってない、と。「シベリアの杉子さん」、ついに出番がやってまいりました!

いってらっしゃい。よろしくね。あ、彫刻刀で娘の名前を彫れば良かった、と今気づいた。。。今度やりまーす。